【Part2】Roland LX700シリーズ・電子ピアノ開発者インタビュー
Part1にて、新しいデザインと鍵盤について深く掘り下げたお話を聞かせていただきました。Part 2では、いよいよ核心部の音源、そして空間表現の秘密に迫ります!
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一新されたモデリング・ピアノ音源
鍵)さて、いよいよ核心部の音源、「ピュアアコースティック・ピアノ音源」についてお話を伺いたいと思います。
今回、LXシリーズの開発にあたって、音源部分を一新しています。
ローランドの音源のキーワードとして頻出するのが「モデリング」です。その楽器の動き、音の生成過程、といった様々な要素(振る舞い=Behavior)をアルゴリズム化する、という基礎研究がモデリング音源の最初の段階です。
ローランドでは音源チップも自社開発しており、この音源チップにこうして考えたアルゴリズムを入れる、という段階にも様々なテクニックが必要とされます。実際のハードウェアへの組み込みの過程でも、「サウンドデザイナー」が実際にどういう音を作るか、出音の良し悪しという感覚的な部分と技術的な部分を細かくチューニングしていきます。こうして様々な部署の連携により、最終的な音源が完成します。
また、今回のLXシリーズでは、この「BMC(Behavior Modeling Core)」と呼ばれる自社開発の最新音源チップを2基使用しています。この中にはこのモデリング・ピアノ音源の他、こちらも今回新しく開発されたアンビエンス、更にはPCM音源、といった多様なプログラムが入っています。他社ではPCM音源専用のチップやモデリング/エフェクト用のDSPなど、それぞれ専用のチップを組み合わせて設計されることが多いかと思いますが、私たちの音源チップは一つに様々な要素が含まれているのです。
この最新のチップは2015年のLX-17ではじめて採用されました。このチップのおかげで、かつてのV-Pianoのような膨大な計算を必要とするピアノ・モデリング音源がホームピアノに実現できたのですが、これを2基使ってもっと凄いものを作ろう、という提案からスタートしたのが今回の音源になります。
ピアノのモデリング音源自体については、先代のLX-17のほぼ倍のパワーを使っています。その処理能力の大部分はピアノのモデリングに裂いている訳ですが、そもそもピアノのモデリングとは何か、という部分からお話した方が良いですね。
ピアノ音源をモデリングで表現する、ということ
例えば、「ミ」の鍵盤を弾いた後、サスティンペダルを踏んで、もう一度同じ鍵盤を弾いたとします。静止している弦を叩いたときと、鳴っている弦を叩いたとき、更には周囲の弦の共鳴が加わることで、その響きは決して同じではないんですよね。特にこうした共鳴要素を含んだ音の響きはピアノの音の核心となるため、そうした部分の強化が今回一番のポイントになります。
鍵)サンプリングしたピアノの音をベースに共鳴を加えていく、という感覚とは違うのでしょうか?
はい、単純なサンプリングではありません。もちろん、開発の段階でピアノのサンプリングを行いましたが、これはあくまで解析目的のためでした。(カスタムチップ中の)DSP(に相当する部分)により、88鍵分の弦が張られた状態でスタンバイしている状態がモデリングされており、打鍵された弦の音、周囲の共鳴する弦の音がその解析された結果に沿って鳴るイメージですね。ここで生まれる音は純粋な弦の音であり、響板やフレームでの響きや周囲の減の共鳴等、様々な要素が計算・合成された結果、最終的なピアノの音になる訳です。録音されたピアノの音を加工し、再生されるPCM音源とは根本的に違う部分と言えるでしょう。また、「同時発音数無制限」というスペック表記もこうした音源の特性によるものです。全ての仮想弦が打鍵にせよ共鳴にせよ鳴っているモデルな訳ですから、原理的に発音数のオーバーフローによる音切れは存在しないこと、これがモデリング音源の大きなアドバンテージになります。
プロのクラシック・ピアニストが演奏しているデモ曲にも、サスティンペダルを踏んで膨大に音を重ねる曲が内蔵されていますが、音切れとは無縁の楽器全体が鳴り響く感じを体感頂けるかと思います。
余談ですが、かつてのPCM音源方式では、同時発音数のオーバーフローによる音切れ問題の解消が大きな課題でした。初期の音源は、それこそ容赦なく最初に弾いた音からブツブツと音切れが起きてしまったため、演奏者側がこまめにサスティンペダルを踏みかえる等の電子ピアノならではのテクニックが必要なものでした。その後、同時発音数の物理的な増加と並行して、避けられない音切れを「自然に」、「こっそりと」行う改良も続けられています。この音の消え方も様々な苦労とノウハウがある部分です。ですから演奏者側だけでなく、開発者にとってもこの「同時発音数無制限」の実現には感慨深いものがありますね。
鍵)確かに。音切れではなく、先に鳴っている音が消えない限り新しい音が「弾けない・音が出ない」電子楽器もありましたね・・・(笑)。さて、そんな今回のモデリング・ピアノ音源には「ヨーロピアン」と「アメリカン」という2つの音色が用意されていますね。
「ヨーロピアン」と「アメリカン」
はい。今までも4音色のピアノが搭載されていたのですが、これはひとつのピアノ・モデルのコンポーネントを調律、調整した「バリエーション」でした。今回は、モデリングの段階から根本的に違う2種類のピアノ音色(ピアノ・モデル)が搭載されています。
モデリング音源の性質上、LXシリーズのピアノは特定のブランドや特定のピアノを完全再現する、といったものではありません。プリセットされているものは「ローランドが理想とするピアノ」の音だと思ってください。「ヨーロピアン」は上品で艶やかな音色、「アメリカン」はきらびやかでシャキっとしたダイナミックな音色、今回あえて全く異なる2つの性格に振ってみました。
本当は一つのピアノで「究極」と言えるものを作る、という考え方もあるのですが、「きらびやか」と「上品」というそれぞれのキーワードは相反することがあり、全員が納得するものを生み出すのは困難です。例えばジャズやポップスを弾く方にとっては明るく抜けが良い音色が好みでしょうし、反対にクラシックを弾く方にとってはシックで落ち着いた音色が好みなどの傾向もあったりするかと思います。様々なピアニストからのフィードバックも踏まえ、最大公約数的なものではなく、それぞれにとって理想的な個性を持つピアノ・モデルの搭載に至ったのです。
例えばデモ曲の「ノクターン」を再生しながら、途中で切り替えてみると判り易いです。
鍵)確かに、「ヨーロピアン」はクラシック向きな「おしとやか」な感じ、そして「アメリカン」は・・・ダイナミクスが派手!ですね!
例えば「ヨーロピアン」なら「月光」の・・・第2楽章が判り易いですかね。反対に「アメリカン」なら、「水の戯れ」など・・・(デモ曲を再生)。このキラキラとした感じ、更に後半の音の密集具合、同時発音数無制限の音源ならではのダイナミックで豊かな響きを感じて頂けるかと思います。
鍵)それぞれ、キャラ立ってますね・・・!
もちろん、「ピアノ・デザイナー」機能も用意されていますから、それぞれのピアノ・モデルを更に好みのキャラクターに調整していくこともできます。
また、音源的にハーフペダル時の挙動、ペダルを踏み込んだときに徐々に弦が共鳴していく様な部分は今回多くのリソースを割いた部分です。ダンパーが弦に触れる強さ、音域による当たり具合の違い、そうした様々な状況下での共鳴の変化を再現することで、ペダルコントロールでかなり表情を付けることができるようになっています。
サスティンペダル自体も、踏み始めの遊び、効きはじめてからの重さが再現されており、ハーフペダル時の繊細なコントロールを物理的な部分でもアシストしています。
更に、LX708はサスティンペダルを踏んでダンパーを持ち上げた時と、離した際に自重で下がってくる際の荷重変化も機構的に再現しています。サスティンペダルを離したときの重さの変化は、これまで電子ピアノではあまり考慮されていなかった部分であり、よりグランドピアノの感触に近づいています。特にハーフペダルで細かく音を繋いでいく様な演奏時に、その違いが体感できると思います。
ペダルといえば、ソフトペダルの挙動も幅広く設定可能になっています。グランドピアノのソフトペダルではなく、アップライトピアノの効き方を再現して欲しい、という意見や「ソフトペダルのハーフペダル」といった表現をされるピアニストの方もいらっしゃったので、そうしたニーズにも対応できるようにしています。
ちなみに、ピアノ以外のPCM音源の波形もほぼ入れ替えに近い刷新が行われています。エレピ等も良くなっていますし、マイナスワンでの演奏もできる内蔵曲のオケパートのクオリティも高くなりました。
一歩進んだ音場表現力
従来よりLXシリーズは「アコースティック・プロジェクション」という技術を用い、複数のスピーカー(LX708は8スピーカー、LX706は6スピーカー、LX705は4スピーカー)から立体的なサウンドを投影しています。ピアノの要素成分をそれぞれ取り出して異なるスピーカーから別々に鳴らし、空間の中で合成することで立体的なピアノの音が作られています。モデリング技術との相性が良く、さらにクオリティが上がっている部分です。
そして今回、新たに搭載されたのが「ピュアアコースティック・アンビエンス」と呼ばれる技術です。本来、電子ピアノの音は、演奏者にとって実際のピアノを弾いている感覚に近い、ダイレクトな音を目指すべきなのですが、周囲で聴いている人にとってはややドライすぎる場合があります。
こうした場合、通常はリバーブ等の空間系エフェクトを掛けることで調整するのですが、この「ピュアアコースティック・アンビエンス」はもう一段階進んだ「音場・空間のモデリング技術」になります。そのピアノが置かれている部屋の広さや壁の材質など、様々な響きの特性がリアルタイムで音に反映されます。
鍵)石の壁のホール、木の壁のホール、大聖堂、ラウンジ、スタジオ・・・プリセット名だけじゃなく、簡単な説明がディスプレイされるのもわかり易いですね!
あと、従来のリバーブを深く掛けた場合、どうしても音のアタックや輪郭が曖昧になって弾きにくくなってしまいますよね。でも、今回の方式ではアンビエンスを深く掛けてもアタックがはっきり残るリアルな臨場感があり、とても弾き易いという評価を頂いています。
鍵)確かにアンビエンスの深さを10(最大)に設定しても、全く極端な感じはしないですね。ちゃんと弾けます。あと、0(OFF)と1(最小)との間の違いも割とハッキリしていますね。
はい。一般的なリバーブはセンド&リターンの経路により、原音(ドライ成分)に加える残響(ウェット成分)の量/バランスでコントロールしていますが、「ピュアアコースティック・アンビエンス」はインサーションエフェクトと同様に、信号全体を仮想の空間で鳴らした響き、つまり100%ウェットの状態であるのが特徴です。通常はリバーブを薄く掛けた状態はほぼ原音なので音色自体に殆ど変化はありませんが、今回はごく浅いアンビエンス/リバーブでも、ちゃんと音場の影響がアタック音をはじめ、音色全体に反映されてます。
鍵)つまり、このアンビエンスの深さ、というものは残響成分のミックス量ではないと。では、どう解釈すれば良いのでしょうか?
「響きの深さ」の中の1要素ではありますが、ピアノからの距離感でイメージすると判り易いかと思います。私はもともとクラシック系ではないので、リバーブといえば軽く掛けて雰囲気を楽しむものだと思っていたのですが、クラシック系のピアニストの方は、響きを深くして、「これは凄い!良い練習になる!」と仰っていたのが印象的でしたね。
鍵)ホールの響き方に併せて弾き方を調整するのですか?
はい。例えばホールの残響の深さに応じた弾き方やサスティンペダルの踏み方を調整して、響きをコントロールしているのだそうです。LXシリーズのアンビエンスはその練習になる、といわれましたね。クラシックの演奏家の方はPAを通さず、生音の響きが重要ですから、客席で聴こえる音がイメージし易いこの機能に「刺さった」方が多い様です。
鍵)自分の音がどう聴こえるのか。演奏中にはなかなか判らないけれど気になる部分ですもんね。しかし繊細な世界ですね・・・
こうして、ピアノ・モデルとアンビエンスを組み合わせたお気に入りの設定を「マイステージ」に保存することもできます。また様々な組み合わせのプリセットも用意されており、デモ曲を再生して響きの違いをお楽しみ頂けます。
また、この立体的な音場、空間表現はヘッドホンでも再現されています。ヘッドホン、ステレオのライン出力それぞれに音源・アンビエンスを最適化しており、夜間の練習やライン録音でもこのアンビエンス感をお楽しみ頂けます。
鍵)ステレオ空間での音場表現については”RSS”技術以来のノウハウもありますもんね。細かい部分も色々盛り込まれていますね・・・!
また、Bluetoothも搭載されています。専用アプリと連携しての練習時間や練習内容の管理、楽譜や演奏データの購入や動画・音声データの再生など、毎日ピアノを弾くのが楽しくなる、デジタルピアノならではの機能ですね。特に今回、Sheet Music Directという世界最大手の楽譜配信サイトと提携したことで、最新の楽曲の楽譜が簡単に手に入れられる様になりました。
もちろんiOS、アンドロイド双方に対応しています。
LX706/LX705
さて、ここまでLX708を使って色々見てきましたが、LX706とLX705も見ていきましょう。
まず、今回の3モデルについては、音源部に関しては全モデル共に「ピュアアコースティック・ピアノ音源」を搭載しており、音色面での差異はありません。
鍵盤(LX705のみPHA-50鍵盤)とスピーカー数の違いが主なところですが、スタンダードモデルであるLX705は明るい「ライトオーク調仕上げ」という新色を採用しているのもポイントです。
鍵)これ、本当に良いカラーですよね。予約の段階から大人気なんです。鍵盤は従来のPHA-50ですが、新しいモデリング音源の反応の良さなのか、凄く良い弾き心地です。
このライトオーク調のカラーも、今回新規に作っています。この木目のシートは、よく見ると一部に「斑(ふ)」と呼ばれるやや暴れた部分が見て取れます。「きよら」での家具メーカーの「カリモク」さんとのコラボレーションの過程で、私達の木材に対する理解が深まった成果です。天然木でこそありませんが、均一で整いすぎていない、自然の木目が持つ魅力を感じて頂けるかと思います。
ちなみにLX706とLX705は上下2分割構造のため、例えば戸建て住宅の2階への設置なども階段を使って問題なく行えます。LX708は一体型構造のため、設置場所によってはアップライトタイプのアコースティックピアノ同様にクレーン等を使った搬入が必要な場合がありますのでご注意ください。
鍵)最後に、今回のLXシリーズの開発を振り返って、どんな感想をお持ちですか?
(北川)今回の製品企画の段階で、単にアコースティックピアノに似せていく、というものは私達の方向性ではない、ということをしっかり確認することができました。電子楽器メーカーならではの手法で、魅力あるデジタルピアノを作っていこう、というのが私達の製品の核となる部分です。スピーカーグリルやユーザーインターフェイス部などの電子楽器的な要素を隠すのではなく、デザインの中でデジタルピアノであることをしっかり主張し、見せていこう、という気付きがあったのが、私達にとっても今回の大きな収穫です。
ピアノという楽器は非常に奥が深いので、今回音源や鍵盤を新しくして1段レベルが上がったかな、と思ったのですが、上がった瞬間に次の目標が見えてくるんですよね(笑)。そうした技術的な挑戦はずっと変わらない部分です。
一方でローランド全体として、「お客様がワクワクするものを作る」という目標に取り組んでいます。技術的に凄いというだけでは駄目で、お客様がワクワクするために何ができるのか、という事も考えていかなければいけません。例えばアプリケーションやクラウド等を使って、ピアノを通して様々な体験ができるソリューションの提供などですね。
鍵)少々気が早いとは思いますが、技術的な面での、今後の展望をお聞かせいただけますか?
(田中)今回、モデリングでヨーロピアン、アメリカンという2モデルを搭載した訳ですが、それぞれが今後ユーザーの方からどう評価されるのか、というのが私達にとって大きなヒントになるかと思います。究極の一音色ではなく、世界に存在する様々な個性を持つピアノをデジタルで提供することが価値に繋がるのであれば、音色バリエーションの新たな展開があるかもしれません。また、響きの部分でも初めての挑戦が多く、こうした部分の評価も今後に繋がっていくのではないかと考えています。V-Pianoがルーツとなる製品ですから、既存のピアノを超越した、より尖った最新のピアノを目指すという挑戦もアリかな、とは思っています。
(高井)アコースティックピアノの表現力は本当に凄いです。現段階でもかなり迫っているという自負はありますが、まだ足りない部分も認識しています。そうした部分をどうやって埋めていくのかは今後の課題ですし、今回はじめてピアノで挑戦した音場表現(ピュアアコースティック・アンビエンス)も奥深いですね。再生系(アコースティック・プロジェクション)とどう組み合わせて、どう雰囲気を作っていくのか、という分野はまだまだ掘り下げる余地があると思っています。
鍵)これから、新しいLXシリーズでワクワクするお客様の姿が目に浮かびます。今日は本当にありがとうございました!
何だかんだで色々技術的、専門的な所までお話を聞かせて頂きました。本編でもたっぷり語られている通り、LXシリーズの内部は物凄く高度な技術が詰まっていますが、それを全く感じさせないスマートさこそが一番凄い所ではないでしょうか。とにかく楽しく、気持ちよく演奏できる新しいLXシリーズで、ワクワクするピアノライフをスタートしませんか?
番外編:ローランド・浜松研究所にて
インタビューの後、浜名湖の畔に建つローランドの研究所(R&D)を案内して頂きました。本格的なレコーディングやビデオ撮影が行えるスタジオや無響室、ホール等に加え、歴代のローランド製品がズラリと展示されるギャラリーは圧巻です。一つ一つ取り挙げて存分に語りたいところですが(笑)、本ページの趣旨とは外れてしまうのでそれはまた別の機会に。
ローランドの前身、エーストーンブランドのオルガン。ローランドの電子楽器の歴史はここから始まりました。
初のタッチレスポンス搭載機、EP-30。アナログ音源の、リアルなピアノの音とは程遠い時代の電子ピアノですが、打鍵の強弱で音量が変化する演奏感はこれまでの電子楽器のイメージを覆すものでした。
世界初のデジタルピアノ「RD-1000(1986年)」。PCM波形とデジタル波形を組み合わせ、限られたメモリー領域を最大限に使って生み出されたリアルなピアノ音は、その後のステージピアノの世界を一変させました。
そして、今回のLXシリーズの原点となった一台。初のモデリング音源・デジタルピアノとしてその表現力、創造性でピアニストの度肝を抜いたV-Pianoシリーズの最高峰V-Piano Grand。夕暮れの浜名湖をバックに中山のピアノが響きます。