【新製品レビュー】Roland Boutique Series D-05
ローランド往年の名機をコンパクトな形でリバイバルさせた、”Roland Boutique”シリーズ。
本日発表された最新作「D-05」、遂にデジタルシンセにまで対象が拡大しております。最新のデジタル・テクノロジーによって往年のデジタル回路を再現するという、パラドックス的要素が実に興味深い注目作。早速の実機レビューです!
と、その前に、D-05の元となった傑作「D-50」について、軽くおさらいしておきましょう。
資料提供:ローランド
Roland D-50 LINEAR SYNTHESIZER
1987年に発売された、ローランド初のフルデジタル・シンセサイザー”D-50″。
その音源は、単なるPCMとも、同時代のFM音源とも一味違うローランド独自のデジタルシンセ”LA音源”を搭載しています。これはアタック成分のみに特化した短いPCM波形と、サスティン成分用の短周期のデジタル波形を組み合わせたハイブリッド方式のデジタル音源です。実際、エレピのハンマー音やストリングスのアタック音さえ知覚してしまえば、その後に続く波形のリアルさはソレほどシビアでなくても「それっぽく」聴こえてしまうものなんですよね。まだPCM波形を記録するメモリーが高価だった時代、「如何に少ない容量でリアルなサウンドを実現させるか」という、当時のエンジニアの努力の結晶とも言えるLA音源。実際のオペレーションも、アタック波形を選ぶ→サスティン波形を選んでデジタルフィルターで倍音を調整→エンベロープやエフェクトで味付け、という至極判り易いもの。当時のライバルであったFM音源の複雑で難解な階層構造に対して、操作性の良さとアタックのリアルさという点がアドバンテージとなっていました。
LA音源の代表的な音色といえば、やはりD-50のプリセット1番に収録されている「Fantasia」でしょう。キラキラしたベル系の澄んだアタックと、包み込むようなアンビエント感が心地よいパッドをレイヤーしたこのサウンドは、以降様々な楽曲にこの時代ならではの彩りを添えてきました。以降のローランド製のデジタルシンセにもこのサウンドは受け継がれているのは勿論、DTM音源の共通規格として制定されたGM(General MIDI)音源の音色No.089にも制定され、名実共にシンセ音色界のデファクト・スタンダードとなりました。勿論その他にも秀逸なパッチが多く収録されており、同時代の様々なヒット曲でプリセットそのままのサウンドを確認することができます。正に誰もが認める、当時を代表するシンセサイザーの一つと言えるでしょう。
と、いう訳でD-05実機とのご対面です。
Roland D-05 LINEAR SYNTHESIZER
そのルックス、ネーミング。アラフォー、もしくはそれ以上の世代の方にとっては懐かしさに悶絶しそうな一台です。
金属質のパネルに整然と並ぶ小さなボタン、精緻なパラメーターやエンベロープ等のプリントに反転液晶ディスプレイ・・・ツマミやスライダーが並ぶアナログ機材とは一味違う、当時のシンセキッズが憧れた「最先端のデジタル機器」のイメージがそのまま、コンパクトな筐体に収まっています。もうコレだけでご飯3杯イケそうです。
更に、キーボードユニットK-25mに搭載してみました。
可愛い・・・。本体裏面にはスピーカーも搭載されており、電池駆動も可能ですから、コレだけで楽器として成立します。
肝心のその音。折角ですから本体のスピーカーではなく、ちゃんとしたモニタースピーカーに繋いで再生してみましょう。
・・・・・・どのプリセットを選んでも、一気に1980年代な気分に持っていかれます(笑)。音源の性格的に、2オクターブでは少々物足りませんね。できれば61鍵以上のMIDI鍵盤に繋いで、両手で演奏してみてください。
これぞデジタルシンセ!とでも言うべき煌びやかなパッドにパーカッシブなシンセ音、エッジの立ったベースにド派手なブラス・・・
・・・でも、このモヤモヤ感は何でしょうか。とりあえず再生環境や設定をチェックしても問題なし。
近年のハイレゾサウンドに慣れた耳には、何とも言えない周波数レンジの狭さに一瞬戸惑います。当時あれだけキラキラ輝いていたファンタジアも、レースのカーテン一枚隔てて鳴っているかの様なソフトな印象。打健時のレスポンスやベロシティへの追従も30年前の性能でしょうか、強打時にも「スコーン!」と抜けてこない、何ともいえない頭打ち感。そうそう、昔のデジタルシンセってこんな感じだったなぁと、段々思い出してきました(笑)。
リバーブ/コーラスエフェクトを深く掛けた際の、ウェットでちょっとザラついた質感も見事。ポルタメントの妙な掛かり方や、ディレイの代用として使われたCHASE機能なども、今時のシンセサイザーでは味わえない体験ではないでしょうか。
そういえば昔、「MIDIのデイジーチェーン経由でD-50を鳴らすと明らかに発音が遅れるので、突っ込み気味に演奏している」と語る某キーボーディストのインタビュー記事を読んだことを思い出しました。
まさにこの質感、この感触。
D-05で採用された「DCB(Digital Circuit Behavior)」は、「当時の計算精度、計算方式(アルゴリズム)、カスタムチップの振る舞いをモデリングすることで、波形生成部分からパラメーターの挙動、エフェクトに至るまで音源の全てを忠実に再現する技術」との事。低い処理精度や少ないメモリー、高い部品コストという制約の中での創意工夫の結果生み出されたサウンドを、その過程から再現する・・・成る程、近年のサンプリングで収録された音色とは全てが違って聴こえる訳ですね。
音色のエディットはもちろん、液晶画面のページを切替えながら小さなボタンをポチポチ。近年では本当に見かけなくなったインターフェイス、懐かしいです。パラメーター値を一つづつ増減するボタンは、矢印や+/-表記も無い「INCREMENT」「DECREMENT」ボタンとしてひっそりレイアウトされているのもオリジナル通りです(笑)。
アルペジエイターやステップシーケンサーが新たに搭載されているのもBoutiqueシリーズならでは。かなり細かくフレーズを作りこめるので、アイディア次第で効果的な使い方が出来そうです。
D-50の特徴といえばコレ、パネル上のジョイスティック。D-05にももちろん搭載されており、Upper/Lowerのレイヤーや、音色内の2系統の要素であるパーシャル(・・・パーシャル!久々に口に出した語感の懐かしさに悶絶していますw)のミックスバランスをリアルタイムでコントロールすることができます。また、エディット時に素早くバリューを変更するコントローラーとしても有用なのも変わりません。
残念ながらこのジョイスティックは後継モデルのD-70では採用されていないんですよね。ジョイスティックグリグリ系シンセは、別途Prophet-VSの流れでヤマハSY22やコルグWavestationに受け継がれていくのですが、これはまた別の機会に。
同時発音数もあえて当時と同じ「16音」という、妙なこだわり感も大好きです(笑)。レイヤーで壮大なサウンドを作った後、音切れに悩まされてボイシングを工夫する・・・。こうした今では考えられない、当時の苦労の追体験。何とも倒錯したお楽しみです。
とにかく、この「黎明期のデジタルシンセ」感を再現する演出は見事です。今のHi-Fi、Hi-Res的な基準では決して良い音とは言えませんし、アナログシンセのな強烈な押しの強さやスピード感とも比べるものではありません。しかし、その独特の質感こそ、当時のクリエイターを刺激した音であり、今もなお新たなインスピレーションを掻き立てる可能性を秘めているのかもしれません。
遂にデジタルシンセの領域にまで到達したRoland Boutiqueシリーズ。ガジェット的音楽制作/パフォーマンスツールとしては勿論、電子楽器の進化の歴史を追体験できる、資料的価値の高いラインナップとなってきました。往時を知る方も知らない方も、手に取ってみれはその面白さに夢中になること請け合いです。